しむたん、こと紫牟田です。
佐用町に行ってきました。
出発前の青木先生の一言は「この日が来るとはなあ」。
まさに。私も含め、いつもどこかに痛みを抱えた青木先生の患者とその先生の一行、ですからねえ…….
私が青木先生のクリニックに通い始めたのは4月末のこと。三叉神経痛のためです。
それから頻繁に通っていたクリニックで注射をして安静にしている間、青木先生が東北の被災のこと、原発のこと、いろいろとお話してくださいました。
そんなとき、竹炭の話うかがい、実際に送られてきた竹炭をいただき……..
水をまろやかにすると言われますが、こうしたものは、ほんとうは自然と共存してきた私たちが長い間培ってきた知恵だったはずです。
原子力というような者とは違う、つねに身近にあるものとの関係を、もっと大切にできたらいいなと思いました。
以前から炭焼きの場を見にいきたかったので、グッドタイミングです。
「竹炭づくりを見に行きましょう!」
…….というわけで、その日が来ました。行ってきました。
鳥取ご出身のまみさんのおかげで、鳥取経由佐用町というルートがさっさと決まり、青木先生、まみさん、みわ子さん、しむたんの4人で第一次竹炭隊が結成されました。
羽田空港での待ち合わせでは、「佐用町は寒い」と思い込んだ4人は、着膨れですでに汗だく。
結局、雨は降っていましたが、そんなに寒くはなかったです、佐用町。
村井代表のご紹介でうかがったのは、内海さん(78歳)の炭焼き釜。
私たちのために、釜をあけるのを待っていてくださったそうで、中には竹炭がいっぱい。
そしておみやげにたくさん竹炭をいただいて参りました。
竹酢液(水虫によく効くらしい)や竹炭のお話をうかがいました。
その後、町営のロッジにある炭焼き釜や間伐の現場などを村井代表にご案内いただき、美味しいシシ鍋をいただき、一同、満腹。
帰りに道の駅でたいやきまで食してしまい、
満腹すぎて車中で爆睡してしまった私をどうかみなさま、お許しください………。
竹炭以外にもいろいろな発見や考えることが多かった旅でした。
竹炭商店の最初の一歩でした。
では、また。
紫牟田伸子
Nobuko Shimuta