南海トラフ地震(最近は東海・東南海・南海地震を一緒にしてそう呼ぶ事にしたらしい)の発生がそう遠くないことは、よく知られていることだ。150年の周期で起こってきたこの地震では、日本の人口の51%が居住する地域で起こる巨大地震だ。
中央防災会議では南海トラフ地震の発生を「国難」として、あらゆる想定を出している。
しかし先頃発表された南海トラフ地震の被害想定には何故か、東海地震の震源域の真上にある浜岡原発や中央構造線に位置し大規模な揺れが予想される伊方原発について、何も触れられていない。
南海トラフ地震のワーキンググループを率いたあの河田恵昭氏ですら、想定しきれない程の被害が起こるのだろう。
裏を返せば、亡国の被害規模になるということに他ならない。
*
2006年夏、わたしは石橋克彦氏(神戸大学名誉教授)から東海地震について教えを受けた。その時、石橋氏から浜岡原発の被害想定について話を聞き、わたしの考えていた東海地震の規模とは桁が二つほど違ってくるのだと言う事に初めて思い当たった。
以来、原発震災について自分なりに考えてきたつもりだった。
しかし今回、わたしの想定は、脆くも一気に吹き飛んでしまった。
わたしが何よりも一番見誤っていたことは、放射能汚染に因る被害の多寡に関することではなかった。
福島県民の方々の医療不信が一気に高まったことだった。あるドクターの名前を聞いただけで、反射的に顔を背けるという状況が今や恒常的になっていて、全く国や県の原発事故対処の医療に対して信頼感がない。
これまで日本が経験した大災害と決定的に違っているのがここだ。このような大規模震災の後でこのような医療不信が被災地に起こるとは、わたしは思ってもみなかった。
この医療不信をどうやって解決してゆけばいいのか、で、今そのことに対してどのセクションの誰が心を砕いて努力をしているのだろうか。そんな動きは全く見えないのだが、ならば本当にこのままでいいのだろうか。
原発事故問題は、原発事故から復興してゆくその未来に残こる問題の幹は、健康問題なのである。
この国が続く限り、原発に因って心身共に被害を被った人々は、医療機関に関わりを持ちながら生活をしてゆくこととなる。だからこそ、しっかりと被災者の信頼に応えるような医療を行ってゆく事こそ、最も大切な事項ではないだろうか。
福島県に起こっている、この大きな医療不信に対して、何となく知ってはいるのだが報道されていないことで、日本の社会は中央政府はマスコミは、こぞって見て見ぬふりをしている感がある。
すると結果はどうなるのだろうか。今の世代は事故を目の当たりにしているので、健診に行くモチベーションがまだあるだろうが、将来の次の世代には健診に行くモチベーションが無くなってしまいやしないだろうか。わたしはそれが心配で心配でたまらない。
この国では、また原発を動かそうという機運になっている。であるななば、たった今、福島県に起こっている「異常事態」を十分に解析をして、次の事故が起きた時に備えることをしなければならないはずだ。
原発を再稼働をするということは、これだけ短期間に福島県及び北関東・東葛地域が受けたダメージの真髄を、エネルギー政策の中枢に居る人々は、何一つ見ていない理解していないという証ではないのか。
だとすれば、被害情報の収集と解析とそこからの状況を想定する能力が、余りにも稚拙すぎる。否、それが「故意」で当局の方針であるならば、尚更、危険な状況ではいか。
民主党政権時代からつづく為政者や電力会社を取り巻く、こうした無責任な黒い企みに関して、私たちはどうすればいいのだろうか。何とかせねば、本当にマズい。考えれば考える程、焦燥感と徒労感にまみれる夜だ。