小泉氏のボルテージが日に日に、上がってきている。
というか、思った通り、マスコミが放っておかない。
マスコミは揃って虎の衣を借りての、小泉の衣を借りての「脱原発報道」が滑稽なのだが、今まで世話になってきたTEPCOには急にすげなくは出来ないが、小泉が言っているので「しかたなく」ごぞって脱原発報道をしているといった感じだ。
当の小泉氏は、安倍氏に「元首相をやったとは思えないほど楽観的で無責任だ」と言われて、「最終処分場のメドが立たないから、原発はゼロにしろと言っているのだ。最終処分場が無いにもかかわらず原発を動かし続けることこそ、楽観的で無責任だ」と返した。「原発推進の政策から再生可能エネルギーに大転換することこそ、政治の責任である」とも。
この人は、かつて敵であった頃(殊にイラク戦争開始の頃)は、癪に障るのの100乗ぐらいだったのだが、こうして原発を止めようと発言しはじめてからは、本当に愉快だの100乗に思える。
よく「小泉氏の思惑が分からないから」とかいうような穿った見方をする人がいるが、わたしは小泉氏の思惑なんかどうでもよいと思っている。
というか、そんな深い思惑などないに違いない。安倍さんへの反論は、1mmの隙もない、原発政策の最も基本的な誤謬の本質をズバリと突いている。ここまで分かってしまった人は、わけのわからない思惑などにかまけている暇はない。
一刻も早く原発を止めなくては、今のままでは次の事故が起こってしまう。さすればその瞬間に、近代文明国としての日本は終焉を迎える、と、しっかりと理解しているはずだからだ。
しかし、誰がどう考えても、同じ結論になるはずなのだが、どうしてこの政権の閣僚たちには分からぬのか、わたしにはとんと理解ができないことなのである。