「戦争のつくりかた」りぼん・ぷろじぇくとが刷新されて、その内容もさることながら、最も素晴らしいのは帯のアーサー・ビナードさんの言だ。
”よくよく考えれば、「平和」の反対語は「戦争」ではなくて「ペテン」だとわかります。ぼくらがペテンにひっかかるところから、もう戦争は始まっています”
今の酷すぎるメディアの状況を、2年前に誰が想像しただろうか。余りにも酷いので、生まれて初めて自分のメディアリテラシーを疑うほどだ。これは決して冗談ではない。デタラメも100回聞けば本当に聴こえてしまうからだ。
今の官邸はメディア対策に莫大な金をかけている。NHK・読売・産経と結託すれば、もれなく週刊誌もついてきて、朝日新聞とて瀕死の状態に追い込まれてゆく。一般ピープルなど、それこそ官邸のペテンにコロっとやられてしまうだろう。
ところで、朝日新聞が政府事故調で吉田昌郎所長に聴取した「聴取結果書」を公開するに当たって取った手法は、「プルメテウスの罠」で取った手法だった。同時に、公開の仕方もネットで大々的に公開した。だから朝日新聞の記事は多いに注目を浴びた。
「プルメテウスの罠」は、同時多発の4つの原発と燃料プールに起こった壊滅的な事故・難解かつ多様な事故経過を読者に伝えるために、フィクションかと錯覚しそうなストーリー性が高い読み物にしてある、新聞の検証記事としては極めて特異的な雰囲気を持っている。しかしだからこそ、登場人物の言動や行動や決断の数々が、毎回ある緊張感をもってすんなりと読者に届くように工夫されている。
この「プルメテウスの罠」にはある鉄則が貫かれている。その鉄則とは、記事には実名で登場し取材に答えた人の証言以外は、たとえそれがどんなに真実であったとしても、決して記事にしない。あくまでも本人の口で語り、本人が検証をしながら裏が取れたものでストーリーを再現してしてゆく。つまり例えて言うなら「感情のこもった自白証言」を中心に検証する。それこそが「プルメテウスの手法」なのだ。
今回の「吉田調書」も「プルメテウスの手法」で書かれている。ただ一点、取材班が「聴取結果書」を入手した時には、吉田昌郎所長は死んでいたので問題の部分の表現は、ものすごく親切に考えれば細かいニュアンスが掴めなかったのかもしれない。ものすごくイジワルに考えれば、記者が「山っけ」を抑えることができなかったのだろう。
いずれにしろ、忘れてはならないことは記事は病院のカルテではない。一世一代の大スクープを「プルメテウスの手法」で世に出すと決めた時点で、大いなる「山っけ」が有って当然のことではないか。もう一度言うが、記事は病院のカルテではないのだから。
もう一つの従軍慰安婦の話でも、朝日新聞叩きが止まらない。
確かに、8月5日の検証記事はとんでもなく読み難かった。
しかし、それでも優れた記事が一面に載っていたことを忘れてはならないと思う。
今、メディア状況が余りにもペテンに満ち溢れている。それは、アーサー・ビナード氏がいうところの、危険信号が点滅しているということなのだろう。
これだけ枝葉末節を取り上げて、官邸がリーク合戦を仕掛けて、真っ当なメディア(と思われる)を叩き潰す事態に直面して、わたし達一般ピープルはどうすればいいのだろう。
この馬鹿げたメディアスクラムの果てに、戦争が待っていることだけは予想がつくのだが……。
ここに自分への備忘録として、杉浦信之氏の記事を置く。
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慰安婦問題の本質、直視を 編集担当・杉浦信之
2014.08.05 東京朝刊 1頁 1総合 (全1,620字)
日韓関係はかつてないほど冷え込んでいます。混迷の色を濃くしている理由の一つが、慰安婦問題をめぐる両国の溝です。
この問題は1990年代初めにクローズアップされ、元慰安婦が名乗り出たのをきっかけに議論や研究が進みました。戦争の時代に、軍の関与の下でアジア各地に慰安所が作られ、女性の尊厳と名誉が深く傷つけられた実態が次第に明らかになりました。
それから20年余、日本軍の関与を認めて謝罪した「河野談話」の見直しなどの動きが韓国内の反発を招いています。韓国側も、日本政府がこれまで示してきた反省やおわびの気持ちを受け入れず、かたくなな態度を崩そうとしません。
慰安婦問題が政治問題化する中で、安倍政権は河野談話の作成過程を検証し、報告書を6月に発表しました。一部の論壇やネット上には、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造(ねつぞう)だ」といういわれなき批判が起きています。しかも、元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態になっています。読者の皆様からは「本当か」「なぜ反論しない」と問い合わせが寄せられるようになりました。
私たちは慰安婦問題の報道を振り返り、今日と明日の紙面で特集します。読者への説明責任を果たすことが、未来に向けた新たな議論を始める一歩となると考えるからです。97年3月にも慰安婦問題の特集をしましたが、その後の研究の成果も踏まえて論点を整理しました。
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慰安婦問題に光が当たり始めた90年代初め、研究は進んでいませんでした。私たちは元慰安婦の証言や少ない資料をもとに記事を書き続けました。そうして報じた記事の一部に、事実関係の誤りがあったことがわかりました。問題の全体像がわからない段階で起きた誤りですが、裏付け取材が不十分だった点は反省します。似たような誤りは当時、国内の他のメディアや韓国メディアの記事にもありました。
こうした一部の不正確な報道が、慰安婦問題の理解を混乱させている、との指摘もあります。しかし、そのことを理由とした「慰安婦問題は捏造」という主張や「元慰安婦に謝る理由はない」といった議論には決して同意できません。
被害者を「売春婦」などとおとしめることで自国の名誉を守ろうとする一部の論調が、日韓両国のナショナリズムを刺激し、問題をこじらせる原因を作っているからです。見たくない過去から目を背け、感情的対立をあおる内向きの言論が広がっていることを危惧します。
戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません。慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質なのです。
90年代、ボスニア紛争での民兵による強姦(ごうかん)事件に国際社会の注目が集まりました。戦時下での女性に対する性暴力をどう考えるかということは、今では国際的に女性の人権問題という文脈でとらえられています。慰安婦問題はこうした今日的なテーマにもつながるのです。
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「過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております」
官民一体で作られた「アジア女性基金」が元慰安婦に償い金を渡す際、歴代首相はこんな一節も記した手紙を添えました。
歴史認識をめぐる対立を超え、和解へ向けて歩を進めようとする政治の意思を感じます。
来年は戦後70年、日韓国交正常化50年の節目を迎えますが、東アジアの安全保障環境は不安定さを増しています。隣国と未来志向の安定した関係を築くには慰安婦問題は避けて通れない課題の一つです。私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます。
◇今日の特集(16・17面)では、慰安婦問題とは何かを解説し、90年代の報道への読者の疑問に答えます。明日は、この問題で揺れる日韓関係の四半世紀を振り返るとともに、慰安婦問題をどう考えるかを専門家に語ってもらいます。
朝日新聞社
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