makenaizone の田中幸子@アイルランドです。
8月22日 CODE海外災害援助市民センター主催でzoom開催された、
室﨑益輝氏 喜寿記念講演会「災害と共に~いま、半生を語る」
を視聴させていただきました。
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makenaizoneは、このCODE海外災害援助市民センターの活動について、同じ敷地のなかにある(そしてスタッフも共通の方々の多い)被災地NGO協働センターの「まけないぞう」の応援をさせていただくなかで、ずっと見聞きしています。
したがって、室崎先生のお名前も、いつも伺っておりましたので、今回の貴重なご講演をアイルランドからzoomで視聴させていただけることを、とてもありがたく思いました。
はじめに、CODE事務局長の吉椿雅道さんによる、CODEの紹介プレゼンテーション。
世界各国にまたがる災害支援プロジェクトはこちらから
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに「困ったときはお互いさま」の心で海外の被災地支援を行ってきたCODE。
災害時の支えあい・学びあいを通して地球の市民どうしのつながりを築いてきました。
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室崎先生の災害と共に歩んでこられた半生を振り返るお話
以下にその一部を紹介させていただきます。
戦災の焼け跡の尼崎に降る台風の雨 その光景が原点である
1944年8月21日 第2次世界大戦中の空襲の焼け跡の生々しい尼崎に生まれ、幼い頃に目にした台風の被害の様が目に焼き付いてあることが原点。
大学では、建築学から防災学を目指すようになった。
特に高度成長の時代に建造されたインフラや建物が、火災や災害において無惨に崩壊し、人命を奪うようになった「歪み」を痛感した時代があった。
「68年に有馬温泉で旅館火災があり、その現場を見て「建築のデザイナーが人を殺した」と感じたことが、防災への道に入るきっかけ。大学院のゼミを建築設計や都市計画のゼミから消防防災のゼミに変更し、建築防災から次第に地域防災に取り組むように(なった)。」と内閣府TEAM防災ジャパンのリレー寄稿でも述べておられます。
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阪神淡路大震災からの教訓
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阪神大震災から、いくつかの教訓を得た。
そのひとつは「科学者として、それまでは市民と十分に向き合ってこなかったという反省」である。
国や行政や学者の世界に目を向けることと同時に、市民のひとたちと議論をし間違いも正してもらえる、「市民と共にある」という立ち位置を大切にすることを学んだ。
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また、「後継者を作るという責任を果たさなければならない」ということ。研究者に限らずボランティアの人たちも含め、これから未来へ向かっていく人たちの背中を押すこと。そのためのしくみや機関を立ち上げ運営してきた。→ 神戸大学、消防研究センター、関西学院大学の研究所、兵庫県立大学における仕事、防災教育にかかわるいろいろなイベントなど。
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「被災者の生活をサポートする制度づくりに力を入れなければならない」
このことも専門家の責務である。
被災者に寄り添いながら行政を動かす。被災者の視点に立って制度を考えること。
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「亡くなった方たちの遺族の方々との関係をどう作るか」
阪神大震災のあとたくさん電話がきた。
神戸に地震があるかもしれないということを、専門家としてそれまで十分に発信してこなかった反省で自分も精神的に凹んだ。
なんとか遺族の方々とお話をしようと聞き語り調査を行なった。
遺族といっしょにできるだけ同じ距離に立って、どうして亡くなったかという話を訊く。
道筋をみつけるような話をする。
事故原因調査の現場に入る科学の目と遺族の目のあいだには、距離があり、まだ未解決なところがある。
阪神淡路大震災からさらに将来へ向けての課題がいろいろと明らかになってきたように思う。
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被災地への関わりについて Q&A
講演後に、室崎先生と司会者のCODEスタッフ 立部知保里さん(兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科博士後期課程所属)とのQ&Aがありました。
Q 被災地で心掛けていることは?
A 被災者の心のなかに入れていただくように、ちゃんと腰を落として、手をつかんで、目をみつめて静かに話をすることです。
何を困っているのか、何をして欲しいと思っているのかを感じるように。
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Q 最も影響を受けた人は誰ですか?
A 黒田裕子さんです。非常に厳しく、何度怒られたかわからない、しかしそのなかで学びました。
黒田さんの仕事について こちらから
また 小林郁雄さんは、大学は違うが一緒に働いてきました。「全体を見るひとが必要だから、ある場所に入ってしまうとそれができない」という助言をしてくれました。
全体を見ることの大切さを教えてくれました。
芹田健太郎先生(元CODE理事)から根本的な理念、市民社会のあるべき姿、進むべき道筋を教えられました。
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Q 被災地で涙したことは?
A 何度もあります。辛い思いを吐き出される被災者の苦しみを我がこととするとき涙する。
東日本大震災の支援現場での光景。
学生が泥だしのなかから亡くなった娘さんの写真を見つけて、きれいにして、おばあさんにお手渡ししたら、おばあさんが泣き始める。学生はその姿を見て涙する。自分は学生のその姿を見て涙が出る。そうして亡くなった娘さんを思う気持ちが一体化する。
相手のことを常に思い、ごく自然に出る気持ち、被災者のひとたちといっしょになれるようにと思います。
何度議論してもひとつになれないこともあります。
究極は相手の気持ちを100%理解しきれていないので意見の対立も生まれるのです。
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Q 愛読書やバイブルは?
A 堀井先生から受け継いだことばがあります。「和して同ぜず」。
人それぞれ立場が違う 自分の意見ははっきりしなければいけない、ということです。
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Q 好きな温泉は?
A 城崎温泉 お湯も良いし街並みも良い。
日本の災害復興 の素晴らしい例として、城崎、広島、函館 この3箇所を挙げたいと考えています。
城崎という小さな町でおこなわれた復興がすばらしい。
小さな川の流れている景観 ゆったりしたお湯。
時間があれば毎週でも行きたいところです。
最後にひとこと
「答えは被災者のおひとりおひとりのなかにあるよ」、と黒田さんに教えられました。
市民の方々への向き合いかた 気持ちをどう通わせていくのかというところで迷いがある。被災地現場でもっと学ばせていただけるよう頑張っていきたいと思っています。
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このあと、ゆかりの方々からお祝いのメッセージがありました。(つづく)