夏休みがあけて22日の午前9時に診察が開始したとたんのことです。
一番の患者さんは、そういえば暫くみえていなかった方でした。
お名前をお呼びして診察室に入ってこられた瞬間、涙をボロボロこぼされて……。何でもこの4月に息子さんを亡くされた、と。
わたしは年に何度となく、患者さんに何と声をお掛けしたらいいのか分からない場面に出会います。
その状況はいろいろですが、どんな時でも、わたしにはただただお話をお聞きすること以外、他に何もできません。
お話をお聞きして、何度も何度もお話をお聞きしたところで、何の助けにもならない事も事実です。
大きな悲しみや苦しみを負っている方に対して、なんと自分は無力なのだろうと思いながら、それでも他にできることなど一つもありません。
本当に辛く悲しく痛い思いとは、ご本人にしか体験できないのではないだろうか。たとえどんなに親しい間柄でも、どんなに愛し合っていても、他者の痛みや悲しみを100%共有することはきっと不可能なのではないか、と、わたしは思っています。
けれども、わたしたちは他者の痛みを想像して、その痛みに寄り添うということはできるのではないだろうか、と。
しかし、そう思いつつも、忙しい外来の中で、わたしは一体どれだけ患者さんの苦しみに寄り添うことができるのだろうか……。
今朝、息子さんを亡くされた患者さんに、白いまけないぞうを一つプレゼントしました。
「このタオルは東北の被災者が作られたんです。これで涙を拭いてふいて、ザクザク洗ってください」
袋から出して、まけないぞうをその手に乗せました。彼女はまけないぞうを握って、大きく何度も何度も頷いてくださいました。
そのたびに、涙が飛び散りました。
次の瞬間、少し笑顔をかけて下さったのです、まけないぞうに。鼻をさわって、耳を触って、
「まけないぞう、がんばるぞう、ですね」と。
きっとあの方には、もうじきほんの少しづつ、日常が戻ってこられるのではないかと思います。
どんなにゆっくりでもいいですよ。白いまけないぞうが今日からお供をいたしますから。